三人の画家が、時代を超えて描き継いだ屏風
金色に輝く画面の右に風神、左に雷神。躍動感あふれる《風神雷神図屏風》は、日本美術のなかでもとりわけ有名な一作です。教科書でも美術検定でも必ず登場します。けれど意外と知られていないのが、この構図が一人の画家だけのものではなく、江戸時代を通じて三人の画家に描き継がれてきた、ということです。
筆者は日本史と美術検定を学び直しているのですが、日本美術を観ていて何よりおもしろいと感じるのが、こうした「系譜」を知ることです。誰が誰に学び、どう受け継いだのか。その物語が見えてくると、一枚の絵の奥行きが何倍にもなります。そして日本人にとって、日本美術はやはりどこか親しみやすく、観ていて落ち着く。この記事では、《風神雷神図屏風》を「三人の系譜」という切り口から、実物を観に行く前の予習としてまとめてみます。
《風神雷神図屏風》とは(基本情報)
- 形式:二曲一双(二枚折りの屏風が左右一対)
- 原作者:俵屋宗達(江戸時代初期、生没年不詳)
- 指定:国宝(宗達の作)
- 所蔵:建仁寺(京都)/現在は京都国立博物館に寄託
- 画題:右に風神(風の袋を担ぐ)、左に雷神(太鼓を連ねる)、背景は一面の金地
風神・雷神は、もともと仏教の世界で仏を守る存在として描かれてきました。宗達はそれを、物語の一場面としてではなく、金地の画面に二神だけを大胆に配した独立した屏風絵として描き上げました。これが後世の画家たちを魅了し、描き継がれていくことになります。
宗達・光琳・抱一——「私淑」で受け継がれた系譜
この屏風を語るうえで欠かせないのが、俵屋宗達・尾形光琳・酒井抱一という三人の名前です。おもしろいのは、彼らが直接の師弟ではないということ。時代が離れているため、後の画家は前の画家に直接教わることができません。残された作品そのものを手本に、慕って学んでいく——これを「私淑(ししゅく)」と呼びます。琳派は、この私淑によって時代を超えてつながった、ちょっと珍しい系譜なのです。
1. 俵屋宗達——すべての原点
宗達は、京都で「俵屋」という絵屋(絵画工房)を営んでいたとされる画家です。《風神雷神図屏風》は、金地の広い余白のなかに二神を左右の端ぎりぎりに配し、あいだに大きな空間をとった大胆な構図が魅力です。この余白の取り方こそが、後の画家たちが真似しようとしても真似しきれなかった宗達の凄みだといわれます。
2. 尾形光琳——宗達を慕い、写す
宗達より半世紀ほど後に生まれた尾形光琳(1658〜1716)は、宗達の《風神雷神図屏風》に深く傾倒し、これを写した屏風を残しました(東京国立博物館蔵)。ただ、細部を見ると光琳らしい違いもあります。光琳は二神をやや内側に寄せ、全身がきちんと画面に収まるように描いた、と言われます。「写す」といっても、そこには写した画家自身の個性がにじむのです。
3. 酒井抱一——さらに光琳へ、そして裏の物語
さらに時代が下り、江戸の酒井抱一(1761〜1829)は、今度は光琳の作を慕って《風神雷神図屏風》を写します。抱一は光琳を心から敬愛し、その画業を世に広めることに力を注いだ人物でした。有名なのは、抱一が光琳の《風神雷神図屏風》の裏に《夏秋草図屏風》を描いたという逸話です(現在は保存のため別々にされ、東京国立博物館にあります)。雷神の裏には夕立にたたかれる夏草を、風神の裏には秋風になびく草花を——表の神々と裏の草花が呼応する、粋な仕掛けでした。
見比べると分かる、三者三様の個性
宗達・光琳・抱一の三作は、ふだんは京都・東京の別々の場所に所蔵されているため、一度に見比べられる機会はそう多くありません(過去には三作が一堂に会する展覧会も開かれ、大きな話題になりました)。それでも図版で並べてみるだけで、同じ構図なのに受ける印象が驚くほど違うことが分かります。宗達の大胆な余白、光琳の端正なまとまり、抱一のやわらかな叙情。「同じ絵を写す」という行為のなかに、これだけ個性が出る——ここに私淑の系譜のおもしろさが凝縮されています。
美術史・美術検定での位置づけ
宗達・光琳・抱一は、まとめて「琳派」と呼ばれる流派の代表的な画家です。琳派は、装飾性の高い大胆な構図と、たらしこみ(絵の具のにじみを生かす技法)などの独特の表現で知られ、美術検定でも日本美術の重要テーマとして頻出します。とくに《風神雷神図屏風》は、琳派の私淑による継承を象徴する作品として、必ず押さえておきたい一作です。時代背景と系譜をつかんでから実物の前に立つと、金地の輝きがまるで違って見えてきます。
実物はどこで観られる?
宗達の《風神雷神図屏風》(国宝)は建仁寺(京都)が所蔵し、現在は京都国立博物館に寄託されています。建仁寺では通常、高精細の複製が展示されており、本物は折々の特別展で公開されます。光琳の作は東京国立博物館、抱一の作は出光美術館(東京)が所蔵しており、いずれも展示替えのタイミングで公開されます。観に行く前に、各館の展示予定を確認しておくと確実です。
観た記録を残すと、記憶はもっと鮮明になる
日本美術の名作は、実物の前に立つと、金地の輝きや筆の勢いが図版とはまるで違って迫ってきます。そうして心が動いた瞬間を分かりやすく記録に残しておくと、後から驚くほど鮮明に思い出せます。とくに《風神雷神図屏風》のように「見比べる」楽しみのある作品は、いつどの作を観たかを残していくと、鑑賞そのものが物語になっていきます。
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