岸田劉生《麗子像》の見どころ|我が子を描き続けた画家の、写実と“不気味さ”

《麗子像》——なぜ、こんなに心に残るのか

おかっぱ頭に、どこか大人びた表情の少女。岸田劉生(きしだ りゅうせい)の《麗子像》は、日本近代美術のなかでもとりわけ有名な一枚です。教科書で見たことがある人も多いでしょう。かわいらしいようでいて、じっと見ていると不思議な迫力があり、簡単には忘れられません。

筆者は毎日、趣味で鉛筆画を描いています。あわせて美術を学び直しているのですが、人物を描くようになってから、劉生が我が子をここまで描き込んだ執念が、以前よりずっと分かるようになりました。この記事では、《麗子像》の魅力を、描く側の視点も交えて、実物を観る前の予習としてまとめます。

岸田劉生と《麗子像》の基本情報

  • 作者:岸田劉生(1891〜1929、大正〜昭和初期の洋画家)
  • 主題:自身の娘・麗子(れいこ)
  • 制作:1918年ごろから、油彩・水彩・素描で数十点にのぼる連作
  • 代表作:《麗子微笑》(東京国立博物館蔵・重要文化財)など

劉生は、白樺派の文化人たちと交流し、西洋絵画を貪欲に吸収した画家です。娘の麗子が5歳ごろから、その姿を繰り返し描き続けました。同じ子どもを、これほど執拗に描いた画家は、美術史でも珍しい存在です。

描く視点で観る、麗子像の見どころ

1. 我が子を、何度も何度も描く

《麗子像》は一枚ではなく、たくさんの作品からなる連作です。劉生は成長していく麗子を、角度や表情、装いを変えて描き続けました。鉛筆画で人の顔を描くとき、筆者は目や口の位置を定規で測ってでも正確に取ります。ひとりの人物を「そっくり」に、しかも何度も描くのは、途方もない観察と集中を要する仕事です。劉生の連作は、父の愛情であると同時に、画家としての飽くなき探究でもありました。

2. 北方ルネサンスに学んだ、緻密な写実

初期の劉生は、デューラーやファン・エイクといった北方ルネサンスの画家の、細密な写実に強く惹かれました。細部まで神経を通わせ、対象を執拗に見つめて描く。麗子像の、毛糸のショールの質感や、髪の一本一本の描写には、その徹底した観察眼が生きています。

3. 写実なのに、どこか不気味——“でろり”とした美

不思議なのは、これほど写実的なのに、麗子像にはどこか神秘的で、少し不気味とも言える雰囲気が漂うことです。劉生自身は、この独特の美しさを「でろり」とした美、といった言葉で表現しています。うまく似せることを超えて、対象の奥にある”何か”まで描こうとしたとき、絵は単なる写生を離れ、忘れがたい存在感を帯びるのです。

写実から東洋へ——劉生の探求

劉生は、西洋の緻密な写実を極めたのち、宋元画や浮世絵といった東洋の美術にも深く関心を寄せていきました。西洋と東洋を行き来しながら、自分だけの美を探し続けた画家だったのです。麗子像には、その探求の途上にある、ひりひりとした真剣さが刻まれています。惜しくも38歳の若さで亡くなりましたが、その短い生涯で残したものは、今も色あせません。

麗子だけじゃない——ありふれた風景も、こう描いた

劉生の徹底した写実は、人物だけに向けられたのではありません。代表作のひとつ《道路と土手と塀(切通之写生)》は、なんの変哲もない切り通しの坂道を描いた一枚ですが、土のでこぼこや塀の質感まで執拗に描き込まれ、ありふれた風景がなぜか神々しく見えてきます。この作品も重要文化財に指定されています。対象が人であれ道であれ、とことん見つめ抜く——その眼差しの強さこそ、劉生の絵すべてに共通する核心です。この徹底ぶりを知ると、麗子像のあの不思議な存在感が、決して偶然ではないと分かります。

美術史・美術検定での位置づけ

岸田劉生は、大正期の日本洋画を代表する画家として、美術検定でも近代日本美術の重要人物として登場します。とくに《麗子微笑》は重要文化財に指定されており、教科書でもおなじみの一枚。白樺派との関わりや、北方ルネサンスの影響といった背景を知っておくと、あの独特の存在感の理由が見えてきます。

実物はどこで観られる?

麗子像は連作なので、複数の美術館に所蔵されています。《麗子微笑》は東京国立博物館が所蔵し、東京国立近代美術館など各地の美術館でも劉生作品に出会う機会があります。展示替えで出ていないこともあるので、観に行く前に各館の展示情報を確認しておくと確実です。実物の前に立つと、あの視線の強さは図版とはまったく違って迫ってきます。

観た記録を残すと、鑑賞はもっと深くなる

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