半年ほどで消えた“謎の絵師”、写楽
ぎょろりとした目、大きく広げた両手。東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)の役者絵は、一度見たら忘れられない強烈な印象を残します。じつは筆者、この写楽の代表作を、自分のSNSのプロフィール画像に使っています。それくらい惹かれる絵師なのですが、その正体は今もはっきり分かっていません。
筆者は毎日、趣味で鉛筆画を描いています。あわせて美術を学び直しているのですが、絵を描くようになってから、写楽の「思い切った省略とデフォルメ」の凄みが以前よりずっと分かるようになりました。この記事では、謎の絵師・写楽の魅力を、描く側の視点も交えて、実物を観る前の予習としてまとめます。
東洲斎写楽の基本情報
- 活動時期:1794年から翌年にかけての、わずか約10か月間
- ジャンル:役者絵(歌舞伎役者を描いた浮世絵)
- 版元:蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう。当時の名プロデューサー)
- 技法:多色刷りの木版画(錦絵)
- 正体:不明。阿波藩の能役者だったとする説などがあるが、諸説ある
写楽は、突然あらわれて140点あまりの作品を残し、約10か月で忽然と姿を消しました。これほどの腕をもちながら、なぜ短期間で消えたのか。作者が本当は誰なのか。その謎めいた出没が、写楽を今なお特別な存在にしています。
描く視点で観る、写楽の“デフォルメ”
1. 大首絵——顔と手で語らせる大胆な構図
写楽が得意としたのは「大首絵(おおくびえ)」。役者の上半身、とくに顔を画面いっぱいに大きく捉える構図です。背景には雲母(きら)を刷り込み、きらめく無地の中に人物だけを浮かび上がらせる。余計なものを削ぎ落とし、顔と手の表情だけで役の感情を語らせる——この引き算の大胆さが、写楽の魅力の核です。
2. 美化しない——特徴を誇張する観察眼
当時の役者絵は、役者を美男子として美しく描くのが普通でした。ところが写楽は、しゃくれた顎、細い目、ごつい手といった役者の個性を、むしろ誇張して描きます。鉛筆画で似顔を描くとき、筆者も痛感するのですが、「そっくりに描く」よりも「その人らしさを一点強調する」方が、はるかに難しく、そして本人に見えるのです。写楽はその観察眼と度胸が、飛び抜けていました。
3. 私のアイコン《奴江戸兵衛》の、あの手
筆者がSNSアイコンにしているのが、写楽の代表作《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛(やっこえどべえ)》です。両手を大きく広げ、指を鉤(かぎ)のように曲げた、緊張感みなぎる一枚。手のかたちだけで、これから何かが起きる張り詰めた空気が伝わってきます。顔だけでなく「手」で芝居をさせる——実物の前に立ったら、ぜひこの手の表情に注目してみてください。
謎の正体と、再評価の物語
写楽の絵は、その容赦ない描写ゆえに、当時はさほど人気が出なかったとも伝わります(諸説あります)。ところが後年、海外の美術研究者が写楽をレンブラントやベラスケスと並ぶ肖像画家だと高く評価したことなどをきっかけに、世界的な再評価が進みました。生きているうちには報われなかったかもしれない絵師が、時代を超えて世界の宝になる——このドラマも、写楽を語る大きな魅力です。
美術史・美術検定での位置づけ
写楽は、名プロデューサー・蔦屋重三郎のもとで活躍した、寛政期(18世紀末)の浮世絵を代表する絵師です。美術検定でも、喜多川歌麿らと並ぶ大首絵の名手として押さえておきたい存在。「いつ・どんな仕掛け人のもとで生まれたのか」を知っておくと、あの強烈な役者絵の背景まで見えてきます。
版元の蔦屋重三郎は、写楽を売り出すにあたり、背景に雲母を刷った豪華な大首絵という、手間もコストもかかる形式を惜しみなく投じました。無名の絵師にそこまで賭けたわけです。歌麿らを世に送り出した目利きが見込んだ才能——そう考えると、短くも鮮烈だった写楽の活動が、いっそう興味深く見えてきます。誰が描いたのか分からないのに、これだけの物語がある絵師は、そういません。
実物(摺り)はどこで観られる?
写楽の作品は木版画なので、同じ図が複数摺られ、東京国立博物館をはじめ世界の美術館に所蔵されています。日本でも、浮世絵を扱う美術館の展覧会で出会う機会があります。ただし版画は光に弱く展示期間が限られることが多いので、観に行く前に各館の展示情報を確認しておくと確実です。同じ絵でも、刷りの状態や色の残り方、背景の雲母のきらめき具合は一枚ごとに違います。図版では伝わらないその質感こそ、実物で確かめたいところです。
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