「もう一人の大成者」は、旅する書の名手だった
江戸時代中期の文人画(南画)を語るとき、必ず二人の名前が並びます。与謝蕪村と、池大雅(いけの たいが)です。国宝《十便十宜図》を二人で描き分けた間柄でもあります。
ただ、蕪村が「俳人としても有名」という分かりやすい入口を持つのに対し、大雅のほうは少し影が薄く感じられるかもしれません。ところが調べていくと、この人がまた強烈に面白い。幼くして書の神童と呼ばれ、生涯にわたって日本中を歩き回り、そののびやかさをそのまま絵にした人物だからです。
筆者は日本史と美術検定を学び直しているのですが、面白いのは「誰と誰がどうつながっているか」という系譜が見えてくる瞬間です。蕪村を知ったなら、その相方である大雅も知りたくなる。この記事では、大雅の魅力を、実物を観る前の予習としてまとめます。
池大雅とは(基本情報)
- 生没年:1723〜1776年(京都出身)
- 肩書き:画家・書家。文人画(南画)の大成者
- 特徴:のびやかで明るい線、書に裏打ちされた筆づかい、実際の風景に基づく山水
- 代表作:《十便十宜図》のうち十便図(蕪村との合作・国宝)、《楼閣山水図屏風》(国宝)など
大雅は京都の下級役人の家に生まれ、幼い頃から書の才能を示しました。7歳で書を披露して周囲を驚かせたと伝わり、若くして「神童」と呼ばれます。この書から始まったという出発点が、後の絵に決定的な影響を与えました。
見どころ
1. 書が土台にある、のびやかな線
大雅の絵を見て、まず感じるのは線の気持ちよさです。山の稜線も、木の枝も、人物の衣も、迷いなく一気に引かれています。細かく整えるのではなく、筆の勢いをそのまま生かす。この筆づかいは、書の鍛錬があってこそのものです。
文人画は、そもそも「詩・書・画は一体である」という中国の考え方を土台にしています。詩を詠む心、書を書く手、絵を描く目——これらが分かれていない。大雅は書の名手だったからこそ、その理想をもっとも自然に体現できた画家だといえます。
2. 旅——実際に歩いた山を描く
大雅のもう一つの特徴が、旅です。彼は日本各地を精力的に歩き、富士山や立山、白山といった山々にも登ったと伝わります。当時、山水画といえば中国の絵手本を写して学ぶのが基本でした。行ったことのない中国の理想郷を、お手本どおりに描くわけです。
ところが大雅は、自分の足で登り、自分の目で見た山の姿を絵に取り込みました。手本の中の風景ではなく、実際に体で感じた空間。彼の山水がどこか明るく開放的で、風が通っているように感じられるのは、このためでしょう。実物を見に行った人にしか描けないものがある——美術鑑賞にも通じる話だと思います。
3. 《十便十宜図》——蕪村との競演
大雅を語るうえで欠かせないのが、蕪村との合作《十便十宜図》(国宝)です。中国の詩をもとに、田舎暮らしの「十の便利さ(十便)」を大雅が、「十のよろしさ(十宜)」を蕪村が担当しました。
同じ主題を、同時代を代表する二人が並べて描く。当然、見比べたくなります。大雅の十便図は、人物がどこかとぼけた愛嬌をたたえ、暮らしの楽しさがのびやかに描かれています。一方の蕪村は、しっとりとした詩情で情景を包む。陽の大雅、陰の蕪村とでも言いたくなるような対比が、一組の画帖の中で味わえます。
「奇人」と呼ばれた、飄々とした人柄
大雅は、その絵と同じく、飄々とした人柄で知られました。名利にこだわらず、貧しくても頓着せず、妻の玉瀾(ぎょくらん)もまた絵と和歌をよくする人で、夫婦そろって当時の京都では有名な変わり者だったと伝わります。
指や爪に墨をつけて描く「指頭画(しとうが)」という技法まで試みたという話もあり、型にはまることを好まない人だったのでしょう。技巧を誇るのでもなく、権威に近づくのでもなく、ただ好きなように描いて生きる。文人画がそもそも「職業ではなく教養から生まれた絵」であることを思うと、大雅ほどその精神を地でいった人もいません。
美術史・美術検定での位置づけ
池大雅は、与謝蕪村と並ぶ文人画(南画)の大成者として、美術検定でも日本美術史の重要人物です。「文人画・南画」「与謝蕪村」「《十便十宜図》」はセットで押さえておきたいところ。
江戸中期の絵画には、写生を重んじた円山応挙や、緻密な細密描写の伊藤若冲など、際立った個性が同時期に並び立っています。そのなかで文人画は、中国の教養を土台にしながら、日本的なやわらかさへと消化していった流れ。同じ時代にこれだけ多様な絵が咲いていたと知ると、江戸絵画の豊かさに驚かされます。
実物はどこで観られる?
大雅の作品は紙や絹に描かれたものが中心で、光に弱いため、常設で出しっぱなしということはほとんどありません。企画展や展示替えのタイミングを狙うのが基本です。
《十便十宜図》は公開の機会が限られますが、大雅の作品は京都国立博物館をはじめ各地の館が所蔵しています。かつて京都・岡崎には大雅の作品を集めた池大雅美術館がありましたが、現在は閉館しており、収蔵品は他館へ引き継がれています。関西在住であれば、京都の博物館の企画展情報をこまめに追っておく価値は十分にあります。展示予定は事前に確認しておくと確実です。
「観たい」を先に決めておくと、機会を逃さない
大雅のように公開機会が限られる作家は、知らないうちに会期が終わっていた、ということが起こりがちです。逆に「この作品を観たい」と決めてさえいれば、展示の告知に反応できます。そして実際に観たら、その日付とともに記録しておく。蕪村と大雅のように「対で観る」楽しみのある作家は、いつどちらを観たかを残していくと、鑑賞そのものが物語になっていきます。
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