歌川広重《東海道五十三次》の見どころ|旅する浮世絵と、ゴッホも憧れた風景

《東海道五十三次》——旅する浮世絵

しとしとと降る雨、静かに積もる雪、峠を行く旅人たち。歌川広重(うたがわ ひろしげ)の《東海道五十三次(とうかいどう ごじゅうさんつぎ)》は、江戸から京都までの東海道の宿場を描いた風景版画の傑作です。眺めていると、まるで自分もその道を旅しているような、しみじみとした気持ちになります。

筆者は毎日、趣味で鉛筆画を描いています。あわせて美術を学び直しているのですが、風景を描くようになってから、広重が天候や季節をどう画面に取り込んでいるか、その工夫に唸らされるようになりました。この記事では、《東海道五十三次》の魅力を、描く側の視点も交えて、実物を観る前の予習としてまとめます。

歌川広重と《東海道五十三次》の基本情報

  • 作者:歌川広重(1797〜1858、江戸時代後期の浮世絵師)
  • シリーズ:江戸(日本橋)から京都までの東海道の宿場を描いた名所絵
  • 制作:1830年代前半(とくに「保永堂版」が有名)
  • 技法:多色刷りの木版画(錦絵)
  • 描かれたもの:各宿場の風景、季節や天候、旅する人々の姿

江戸時代の後期は、お伊勢参りなどの旅がブームになった時代でした。多くの人にとって、遠くへの旅はまだ憧れ。広重の風景版画は、家にいながら旅の気分を味わえる、いわば当時の「旅の疑似体験」でもあったのです。

描く視点で観る、広重の風景

1. 天候と季節を描く——雨、雪、霧

広重の風景のいちばんの魅力は、天候や季節の表現です。斜めに降りしきる雨、しんしんと積もる雪、立ちこめる霧。ただ景色を写すのではなく、「その日の空気」までを描き込んでいます。雨脚を細い線の束で表したり、雪の白を紙の余白で見せたり——描く側から見ると、実にさまざまな工夫が凝らされています。おかげで、観る人は風景の温度や湿り気まで感じ取れるのです。とりわけ、しんしんと雪が降り積もる《蒲原(かんばら)夜之雪》や、夕立に人々が坂道を駆け下りる《庄野(しょうの)白雨》は、天候を描いた名場面として名高く、広重の真骨頂とされています。

2. 旅人と暮らし——風景のなかの人間

広重の絵には、必ずといっていいほど人が描かれています。峠を越える旅人、茶屋で休む人、雨宿りする人々。雄大な自然のなかに、小さな人間の営みがそっと置かれることで、風景に物語と親しみが生まれます。自然と人が溶け合う、そのやさしい眼差しが、広重の風景をあたたかいものにしています。

3. 広重ブルー——藍が生む静けさ

広重の風景を印象づけているのが、澄んだ青です。当時輸入された「ベロ藍(プルシアンブルー)」という顔料を効果的に使い、空や水を深く静かな青で表しました。この美しい青は、のちに「広重ブルー」とも呼ばれます。青がもたらす静けさと叙情が、広重の風景を特別なものにしています。

北斎と広重——名所絵の二大巨匠

風景版画(名所絵)といえば、葛飾北斎の《冨嶽三十六景》と、この広重の《東海道五十三次》が二大巨匠として並び称されます。よく対比されるのは、北斎が大胆で力強い構図を得意としたのに対し、広重は叙情的で穏やかな情景を得意とした、という点です。同じ「風景を描く」でも、これほど個性が違う。二人を見比べると、浮世絵の風景表現の幅広さが見えてきます。

海を渡った風景——ゴッホも憧れた

広重の浮世絵は、19世紀後半にヨーロッパへ渡り、画家たちに衝撃を与えました(ジャポニスム)。なかでも有名なのが、ゴッホが広重の作品を油彩で模写していることです。大胆な構図や鮮やかな色は、遠く離れたフランスの画家の心を確かに動かしました。日本の風景版画が、海を越えて西洋の絵画を刺激した——そう思うと、一枚の浮世絵がぐっと誇らしく見えてきます。

美術史・美術検定での位置づけ

広重は、北斎とともに江戸後期の風景版画を代表する絵師として、美術検定でも日本美術の重要人物です。「名所絵」「東海道五十三次」「ジャポニスム」といったキーワードは、あわせて押さえておきたいところ。浮世絵は、日本が世界に誇る芸術のひとつです。

実物(摺り)はどこで観られる?

広重の作品は木版画なので、同じ図が複数摺られ、東京国立博物館をはじめ各地の美術館に所蔵されています。日本でも、浮世絵を扱う美術館の展覧会で出会う機会があります。ただし版画は光に弱く、展示期間が限られることが多いので、観に行く前に各館の展示情報を確認しておくと確実です。

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