《考える人》——彫刻が“考える”とき
裸の男性が、拳を顎に当て、背を丸めてじっと何かを考え込んでいる。オーギュスト・ロダンの《考える人》は、世界でもっとも有名な彫刻の一つです。誰もが一度は目にしたことがあるはずのこの像。けれど、彼がいったい何を考えているのか、そしてなぜこの姿が生まれたのかを知ると、見え方がぐっと深まります。
筆者は美術を学び直しているのですが、彫刻は、絵画とはまた違う面白さがあります。前後左右から、立体として迫ってくる存在感。この記事では、《考える人》の魅力を、「近代彫刻の父」と呼ばれるロダンの革新もあわせて、実物を観る前の予習としてまとめます。
ロダンと《考える人》の基本情報
- 作者:オーギュスト・ロダン(1840〜1917、フランス)。「近代彫刻の父」
- 特徴:生命感あふれる肉体と、内面までも表す表現
- 代表作:《考える人》《地獄の門》《カレーの市民》《接吻》など
- 《考える人》:もとは大作《地獄の門》の一部として構想された
ロダンは、それまでの、つるりと理想化された美しい彫刻とは違う道を切り拓きました。生身の人間が持つ、力強さや苦悩、生命の実感。それを彫刻で表そうとした、革新的な芸術家です。
見どころ
1. 全身で“考える”——緊張する筋肉
《考える人》をよく見ると、彼は頭だけでなく、全身で考えていることに気づきます。背中は丸まり、腕や脚、足の指にまで力がこもっている。「考える」という、目に見えないはずの精神の営みを、ロダンは全身の筋肉の緊張として表現しました。深く思索するとは、これほど全身をつかう、苦しくも真剣な行為なのだ——そう語りかけてくるようです。
2. 粗い肌合いが生む、生命感
ロダンの彫刻は、表面がなめらかに磨き上げられていません。あえて、粘土をこねた指の跡のような、ごつごつした肌合いが残されています。この凹凸に光が当たると、複雑な陰影が生まれ、像がまるで呼吸しているかのような生命感を帯びます。完璧なつるつるの美しさより、生きている人間の実感を——それがロダンの狙いでした。
3. 《地獄の門》の一部だった
意外に思われるかもしれませんが、《考える人》はもともと、《地獄の門》という巨大な扉の作品の一部として構想されました。ダンテの叙事詩『神曲』の地獄を主題にした門の上で、その世界を見下ろし、思索する存在として置かれていたのです。のちに独立した作品として大きく作られ、今の《考える人》になりました。門の上で何を考えていたのか——そう想像すると、あの深いまなざしが、いっそう謎めいて見えてきます。
「近代彫刻の父」——理想から、生命へ
ロダンが「近代彫刻の父」と呼ばれるのは、彫刻を、理想化された美の再現から、人間の内面や生命の表現へと解き放ったからです。感情、動き、生の実感。目に見えるかたちを通して、目に見えないものを表す。この転換が、その後の彫刻のあり方を大きく変えました。
運慶と、ロダン——洋の東西の彫刻
ここで、日本の彫刻を思い出してみましょう。鎌倉時代の仏師・運慶もまた、力強い筋肉や、玉眼による生命感で、仏像に”生きているような”迫力を与えました。生身の人間らしさを彫刻で追い求めた点で、運慶とロダンには、時代も文化も超えて通じ合うものがあります。一方は仏の世界、一方は人間の実存。目指すものは違っても、「彫刻で命を表す」という挑戦は共通しています。東西を並べて観ると、彫刻の面白さが二倍にふくらみます。
美術史・美術検定での位置づけ
ロダンは、近代彫刻を代表する存在として、美術検定でも西洋美術史の重要人物です。「近代彫刻の父」「《地獄の門》」といったキーワードとあわせて押さえておきたいところ。絵画だけでなく、彫刻の歴史の大きな転換点として知っておくと、美術の見方が広がります。
実物はどこで観られる?
うれしいことに、《考える人》は日本でも観られます。東京・上野の国立西洋美術館は、松方コレクションを中心にロダンの作品を所蔵し、前庭には《考える人》《地獄の門》《カレーの市民》が並んでいます。屋外にあるので、天気のよい日には、光と影のなかで像の表情が刻々と変わるのも見どころです。これらは、実業家・松方幸次郎がロダン本人から直接買い集めたものと伝わり、日本にいながら本物のロダンに親しめる、恵まれた環境です。まずはここで、ロダンの実物に会ってみてください。
観た記録を残すと、鑑賞はもっと深くなる
彫刻の名品は、実物の前に立つと、その大きさや量感、光による陰影の変化が、写真とはまるで違って迫ってきます。そうして心が動いた瞬間を記録に残しておくと、後から驚くほど鮮明に思い出せます。「いつ・どこで・何を観て、どう感じたか」を残しておくと、学びも思い出も積み重なっていきます。
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