興福寺《阿修羅像》の見どころ|なぜ、その少年のような憂いの表情に惹かれるのか

戦いの神なのに——なぜ、その憂いの表情に惹かれるのか

眉をわずかにひそめ、どこか物思いにふけるような少年の顔。奈良・興福寺の国宝《阿修羅像(あしゅらぞう)》は、日本の仏像のなかでもとりわけ人気が高く、特別展が開かれるたびに長い行列ができます。もとは戦いの神だというのに、その表情は驚くほど繊細で、観る人の心をそっとつかんで離しません。

筆者は美術検定の勉強をしながら、日本史と美術を学び直しています。もともと歴史が好きで、「その像が、どんな時代の、どんな思いのなかで生まれたのか」を知るのが何より面白いと感じます。阿修羅像は、天平文化が花開いた奈良時代の空気を、今に伝える存在です。この記事では、その魅力を、実物を観る前の予習としてまとめます。

興福寺《阿修羅像》の基本情報

  • 制作:奈良時代・天平6年(734年)ごろ
  • ほとけの種類:仏を守る「八部衆(はちぶしゅう)」の一体
  • 技法:脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)
  • 姿:三面六臂(さんめんろっぴ=三つの顔と六本の腕)、高さ約153cm
  • 指定・所蔵:国宝/興福寺(奈良)

阿修羅像は、光明皇后(こうみょうこうごう)が母の菩提を弔うために造らせた、西金堂(さいこんどう)の一群の仏像のうちの一体と伝わります。1300年近くも前に造られた像が、これほど生き生きとした表情のまま残っているのは、奇跡的なことです。

見どころ

1. 少年のような、憂いを帯びた顔

正面の顔は、まだあどけなさの残る少年のようでありながら、眉のあたりにかすかな憂いをたたえています。怒りでも笑いでもない、この繊細で内省的な表情こそ、阿修羅像が現代人の心を打つ最大の理由です。戦いの神が、なぜこんなにも物思わしげなのか——その謎めいた眼差しの前に立つと、思わず時間を忘れて見入ってしまいます。

2. 三面六臂——三つの顔が語るもの

阿修羅は、顔が三つ、腕が六本ある姿で表されます。正面の顔のほかに、左右にも表情の異なる顔があり、それぞれ微妙に感情が違って見えます。六本の腕は、合掌するものや、何かを捧げ持つものなど、動きに変化があります。多面多臂という一見おそろしげな姿を、これほど静かで気品ある造形にまとめ上げたところに、天平の仏師の力量がうかがえます。

3. 脱活乾漆——繊細さを生む技法

阿修羅像は、木や金属ではなく「脱活乾漆」という技法で造られています。粘土で原型を作り、その上に麻布を漆で何層も貼り重ね、乾いたあとで内側の粘土を抜き取る。こうすると軽く、細やかな表現がしやすくなります。あの繊細な表情や、しなやかな腕の線は、この技法だからこそ生まれたものなのです。

阿修羅とは何者か——戦いの神から守護神へ

阿修羅は、もともとインドの神話に登場する戦いの神で、帝釈天(たいしゃくてん)と激しく争う存在でした。それが仏教に取り込まれ、やがて仏の教えを守る守護神へと役割を変えていきます。荒ぶる神が、仏に導かれて心を鎮めていく——興福寺の阿修羅像の憂いを帯びた表情には、そんな心の変化が映し出されているのかもしれません。

時代背景——天平文化と光明皇后

阿修羅像が生まれた奈良時代は、遣唐使を通じて大陸の文化が流れ込み、国際色ゆたかな「天平文化」が花開いた時代でした。仏教が国を守る力として重んじられ、東大寺の大仏をはじめ、数多くの仏像が造られます。阿修羅像も、そうした信仰と国家事業のなかから生まれた一体です。時代の空気を知ると、像の見え方が深まります。

美術史・美術検定での位置づけ

阿修羅像は、天平時代の仏像彫刻を代表する傑作として、美術検定でも日本美術史の重要作品として登場します。「八部衆」「脱活乾漆」「天平文化」といった言葉は、あわせて押さえておきたいところ。鎌倉時代の運慶の力強い木彫とはまったく異なる、天平仏の繊細で気品ある美を知ると、日本の仏像の幅の広さが見えてきます。

実物はどこで観られる?

阿修羅像は、奈良・興福寺の国宝館で拝観できます。まさに国宝がずらりと並ぶ空間で、阿修羅像はその中心的な存在です。ときに東京などの特別展へ出品されることもあり、過去に開かれた阿修羅像を中心とする特別展は、記録的な人出を集めたことでも知られます。とはいえ基本は奈良で会えるのがうれしいところ。観に行く前に、興福寺の公開情報を確認しておくと確実です。

観た記録を残すと、記憶はもっと鮮明になる

仏像は、実物の前に立つと、その大きさや表情の繊細さ、その場の静けさが、写真とはまるで違って迫ってきます。そうして心が動いた瞬間を記録に残しておくと、後から驚くほど鮮明に思い出せます。「いつ・どこで・どの像を、どう感じたか」を残しておくと、学びも思い出も積み重なっていきます。

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